大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)28号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。

1 イオン交換物質の適用形態について

成立に争いのない甲第三号証の二(第二引用例)によると、第二引用例には、原告の指摘するように、「処理に使用されるアルカリ金属塩は、ある種の結合力を示す不活性キヤリヤー又は希釈剤、たとえばチキソトロープクレーと混合されて、ガラスに付着するペーストを構成する」(七頁右欄五八行ないし八頁左欄二行)との記載があるが、その前段には、「交換による各種強化処理が、大きな原子直径のアルカリ金属塩の溶融浴にガラス物体を投入することにより行われることが考えられるなら、他の接触法を予想することも可能である。すなわち、たとえば、ガラスは、噴霧又は他の方法でナトリウム塩の粘着層を塗布され、このように塗布されたガラスは、ナトリウム塩が溶融する温度に加熱されて浸漬しないで交換による強化が行われうる。」(七頁右欄四五行ないし五七行)と記載されている。したがつて、これらの記載を総合すると、第二引用例には、ガラスのイオン交換による強化方法として、(A)ガラス物体をアルカリ金属塩の溶融液に浸漬してイオン交換をする方法、(B)ガラスに噴霧又は他の方法でアルカリ金属塩の被覆層を形成してイオン交換をする方法が開示されているが、(B)の方法における被覆層形成のために使用する懸濁液や溶液に不活性凝集性担体物質が含まれているかどうかを明らかにする記載はない。

この点、原告は、アルカリ金属塩の水溶液をガラスに噴霧しても、アルカリ金属塩の被膜は形成されないから、(B)の方法で用いる水溶液は不活性凝集性担体物質を含むものである旨主張する。

ところで、成立に争いのない乙第二号証(昭和一七年公告第四一六二号による特許第一五四二九二号明細書)には、チタン塩化物の水溶液を浸漬、噴射、塗布等の適宜の方法によりガラス表面に付着させてから加熱して酸化チタン薄膜を形成する方法が記載され、また、成立に争いのない乙第四号証(特許出願公告昭三七―一五七八三号特許公報)には、亜鉛塩水溶液をガラス表面に噴霧、浸漬又は塗布するなどの方法で処理した後、常温で乾燥することにより、ガラス表面の焼けを防止する方法が記載されている。これらの方法は、本願発明のようなアルカリ金属イオンの交換によるガラス物品の処理に直接かかわるものではないけれども、いずれも、当業者として関連する分野の技術として、ガラス表面を水溶性無機化合物で処理する目的のために、ガラス表面を特に加熱することなく、その表面に水溶性無機化合物の水溶液を噴霧することを開示するものであり、さらに、成立に争いのない乙第六号証(原告が特許庁に対し昭和四四年一〇月二二日本件発明の特許出願について提出した意見書)によれば、原告は、審査過程において、「本願発明にしたがえば、室温においてガラスに便利に適用できるようなアルカリ金属塩と水又は有機溶媒との混合物が使用できます。」と述べているなど弁論の全趣旨を総合すると、本願発明の特許出願当時における技術水準として、微粉末シリカや黄土のような不活性担体を含まない水溶性無機化合物の水溶液を、ガラス表面を加熱することなく、その表面に噴霧しても、水溶性無機化合物の被膜を形成するという目的は達することができるものと当業者に認識されていたものとするのが相当である。

そして、こうした当業者の技術水準のもとにあつて、第二引用例に開示されている前記(B)の方法を知るときは、同方法が、被膜形成に使用されるものとしては、不活性凝集性担体物質を含むペースト状のものに限定されていたものとすることはできず、そこには、不活性凝集性担体物質を用いずにアルカリ金属塩の水溶液や水性懸濁液をガラス表面に噴霧して被膜を形成することをも示唆しているものと解すべきである。そうすると、原告の主張する本願発明におけるイオン交換物質の適用形態に関する構成は、第二引用例の記載から容易に想到することができたものであり、この点に関する原告の主張は採用できない。

2 ガラス表面の予熱とイオン交換反応の時期について

成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許公報)によれば、本願発明の特許明細書には、前示本願発明の要旨のとおりの特許請求の範囲の記載の外、「もしガラスがイオン交換工程のために使用される高温度にあるならば、噴霧の水はガラス表面から揮発し、そしてガラス表面上の固体層として本質的にアルカリ金属塩からなる固体物質をあとに残すであろう。また、もし液体噴霧が上記高温度以下の温度においてガラス物品上に使用されるならば、噴霧の水分は物品及びその上の噴霧被覆が上記の高温度に上昇されたときに揮発によつて除去されるであろう。」(一〇欄二七行ないし三五行)、「ガラス物品の表面部分にアルカリ金属塩を含有するこの層を形成させるもう一つの方法は、ガラス物品のこの表面部分を流体混合物中に浸漬し、つぎに、ガラス物品をイオン交換のために高温度に維持する前に、それを取出すことである。この場合には、流体混合物は浸漬によつて表面部分に接着し、そして上記の高温度又はそれ以下で、水又は揮発性有機物質は放散し」(一一欄一二行ないし一九行)、「もう一つの方法は、ガラスが実質的に低い温度にあるときに噴霧を行い、ついで、ガラスの温度をイオン交換実施温度まで上昇させることである。」(五三欄二三行ないし二六行)などの記載があり、また、前掲乙第六号証による審査過程における原告の開陳内容と前認定のようにアルカリ金属塩の水溶液を、特に加熱しないガラス表面に噴霧しても該塩の層が形成されるものであることなどを総合すると、本願発明においては、イオン交換物質としてアルカリ金属塩水溶液をガラス表面に付着させる段階におけるガラス表面の温度は、原告主張のように予め加熱された高温の場合のみに限定されないことは明らかであり、この点を本願発明の構成要件とするとの主張は採用できないし、この主張を前提とする、被膜形成と同時に行われるとするイオン交換の時期に関する原告の主張も、前認定に照らし、採用することはできない。

3 作用効果について

前掲甲第二号証、第三号証の二によれば、原告主張のうち、本願発明の作用効果として認められるものは、不活性凝集性担体物質を含まないアルカリ金属塩水溶液の使用に伴う当然の効果であるから、前認定のとおり、その構成が第二引用例から容易に想到されるものである以上、その作用効果も当然予測される範囲内のものというべきであり、格別顕著なものとすることはできず、この点に関する原告の主張も採用することはできない。

三 そうすると、原告の主張はいずれも理由がなく、本件審決を違法としてその取消を求める本訴請求は失当として、棄却すべきものである。

〔編註〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。

一 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四二年二月二三日、一九六六年二月二三日及び同年一二月二三日アメリカ合衆国においてした各特許出願に基づく優先権を主張して、名称を「ガラス物品の処理方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をしたが(特願昭四二年―一一二四四号)、昭和四五年九月二二日拒絶査定を受けたので、昭和四六年一月二五日審判を請求し、昭和四六年審判第四八七号事件として審理され、その間昭和四八年二月二七日出願公告をされたが(特許出願公告昭四八―六六一〇号)、その後、特許異議の申立があり、昭和五三年一〇月二三日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年一一月八日原告に送達された。なお、出訴のための附加期間を三か月と定められた。

二 本願発明の要旨

酸化物として表現されるアルカリ金属のイオンを含む無機ガラスからなる物品の処理法において、(イ)該物品のガラス表面の少なくともある区域に、別のアルカリ金属の塩の、水又は有機溶媒もしくは水と有機溶媒との混合物中の溶液又は懸濁液を付着させて該塩の層を前記表面上に形成させ、しかして、該ガラスの少なくとも表面層の該区域にある該アルカリ金属酸化物は、ソーダモル当量として表示されたときに少なくとも約二重量%の量で該ガラス中に存在しており、(ロ)ガラスの該表面区域及び該物質層を、ガラスの表面層にある該アルカリ金属のうちの若干のみを上記別のアルカリ金属と交換して該ガラス物品の該層に圧縮応力表面層を提供するに充分な高さの温度に充分な時間維持し、しかし、この時間はガラス物品内部においてかかるイオン交換を実質的な程度まで行うには不充分な時間であり、また、この時間は該ガラスの表面層の該区域に実質的な応力緩和をもたらすには不充分な時間であり、そして、(ハ)該ガラス物品を該イオン交換が起らない温度まで冷却し、しかして、該物質層及びその中のアルカリ金属塩は上記高温に上記の如く維持した後に該ガラスから除去できるものであることを特徴とする処理方法。

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